雨のち晴れの魚野川カヌートリップ

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2007年6月22日(金)

 朝から激しい雨が降っていた。10時に六日町駅にトラックで行く。トラックには4艇のカヌーとはるみどんを乗せていた。駅でお客さんと待ち合わせたのだ。今回は、2名参加することになっている。駅には、車のトランクを開けたり閉めたりと忙しそうに荷物の整理をしていた男ユウさんがいた。ユウさんは、10年ぶりにラクーンツアーに参加する。

一方、駅の屋根下に荷物をたくさん持ってぽつんと立っている男がいた。今回ラクーンに初めてきたお客さん、草津の大将ホンダさんだ。ホンダさんは、小千谷に車を置いてここまで電車できてもらったのだ。簡単に自己紹介で坂戸橋の橋の下に車で移動。昨日からの大雨で川は濁っており、かなり増水していた。そして少し寒い。でも雨にメゲルことなく4人はやる気満々であった。雨で初日から荷物がビショになるから荷物を積んで下るのはやめた。俺とユウさんが、車を今日のゴール地点の浦佐に置きに行った。ゴール地点にユウさんの車と皆の荷物を置き、トラックでスタートの坂戸橋に戻る。戻るとき、魚野川に流れ込む支流の川がまっ茶色でかなり増水しているのを見た。やはり荷物を降ろしてのカヌー下りで正解である。沈しても荷物をロストすることがないからだ。

 3艇のカヌーで下る。俺とユウさんがソロ、ホンダさんとはるみどんがタンデム艇だ。

流れが速く瀬の波も長く続いて快適に下る。雨は降りっぱなし。たぶん1日降り続けるのだろう。城巻橋を過ぎてはるみどんとホンダさんのタンデム艇がドンドン右岸側にコースをとりはじめた。この先右岸に八海山ビール宛がある。いつもなら上陸して地ビール飲んでから下るのだが、今日はさすがに肌寒くて、ビールを飲むより早くゴールして温泉に行きたかったからパスする。不満な顔のはるみどんが、こちらを見たが、先へ、先へとカヌーが進む。まったくこんな日でもビールか!どんな頭の中なのだ・・・

 八海橋のテトラの瀬は、ロープでライニングダウンした。犬の散歩のようでユーモラスである。浦佐やな横の二段の瀬は全員勝負した。波は高かったが、全員クリア。多聞橋が見えてゴール。橋下にテントを張る。俺とはるみどんが電車で六日町まで上がる。俺はトラックを取りに、はるみどんは、帰りの高速バスの切符を買うためだ。ビショ濡れの服のまま電車に乗り込んだのだが、電車の中は帰りの高校生で混んでいた。隅っこで小さくなっていた。トラックで多聞橋に戻ると橋のしたでユウさんホンダさんはすっかりくつろいでいた。

浦佐駅裏の温泉に車で行く。冷えきった体に温泉はたまらなく良かった。突然、ホンダさんが、「行きたいレストランが、近くにある。」そして携帯から予約。橋下に戻り、雨が止んだみたいだったので、傘も持たず歩いてレストランに行く。近くといっても歩くとけっこうある。途中に雨がまた降ってきて、上着はビショになる。そのカッコウで、ワインレストラン「葡萄の花」に到着。中央にドンと予約席があった。我らの席である。ここで突然ホンダさん「夜の時間は、私に任せてください」そして店の人に「この店で一番のワイン赤と白を一本ずつ、あとお薦めのチーズ、それと、、、」ここから先は、すっかりホンダさんのお時間になる。「注ぎ方でワインの味は2割変わりますよ」「赤飲んだらすぐこのチーズを食べてみて」などとても楽しい時間であった。でも外の雨は降り続けていた。

 タクシーを呼んで我らは、テントの張ってある川原に帰った。さて今晩の食事である。美味かったレストラン後に出すのは、ラクーンツアーの食事の定番 常夜鍋しかなかった。豚のバラ肉とほうれん草の鍋なれど、似た鍋で夜の料理番組で周富徳に勝った人がいるという鍋なのだ。だが、俺はワインが効いて、焚き火前でフネを漕ぎ、テント内に強制移動だった。

2007年6月23日(土)

 朝から晴れていた。とたんに皆忙しくなる。トラックのカヌーを載せるヤグラが、ビショの服でいっぱいになり、生活感にあふれた。しかし便利な物干し状態トラックである。テントも干し、バタバタしだす。昨夜は、我らしかいなかった川原もカヤックを積んだ車が、どんどん来るし(さすが土曜日)静かな朝ではなかった。肌寒かった昨日と違ってどんどん暑くなってきた。スタートの頃になると夏日になっていた。

今日も先にゴール地点に車と荷物を置いて来た。福山橋下流の左岸には、緑川酒造本社がある。俺はこの酒を知らなければ日本酒を飲むことはなかったかも。緑川は、あとで買うとして我らは、緑川酒造の対岸の川原で休憩する。しばらくしてファルトに乗った親子がやって来た。「モロさ〜ん!」誰だ!府中の荒木さんだ。「今日我らのツアーに追いついたら一緒にキャンプしましょ。」と電話で聞いていた。いけね!忘れてた。

 しばらく漕いで小出の街が見えてきた。小出橋左岸に上陸。駅前の定食屋にいく。まずはビール。食後、隣りの酒屋で緑川を買う。昨夜は、レストランで越後のワイン。今夜は新潟のお酒と贅沢なカヌートリップになってきた。堀之内橋を過ぎて、突然はるみどんが、「トイレっ!」いきなり言われても・・・である。左岸に水車がある建物が見えた。とりあえず寄ってみようと上陸。建物の前には地元の中学生が川原のゴミ拾いをしていた。こういう人たちのおかげで気持ちの良い川旅ができるのだ。少し話をしたが、素朴な気持ちのまっすぐな若者たちであった。で、この建物の中にきれいなトイレがあった。はるみどんは、酒屋とトイレの場所は、動物的に嗅ぎわけるヤツだ!建物は、雪用水導入の建物だが、トイレと俺のリバーノートに書いておこう。宇賀地橋が見えて左岸にゴール。今夜は、ここでキャンプだ。宇賀地橋はトイレが無かったのだが、橋の上にきれいなトイレができていた(またまたはるみドンが発見する)。テントの設営などしていると、地元のサカモトさん(昔からの古いお客さんで、会うのは、新潟中越沖地震の時、浦佐の川原でキャンプして以来だ)が、八海山と栃尾の油揚げを差し入れてくれた。そして「新潟のカヌー屋さんが、魚野川にツアーがあるのでそちらにも顔を出す。」と言って帰ってしまったのだ。夜はサカモトさんを交えて飲めると思っていたが、またのチャンスにと、とりあえず缶ビールで乾杯

小千谷に実家があるユウさんが突然「この近くに良い温泉があります。地震の後、立て直した温泉ですけど、丘の上にあり川を見ながらの露天風呂がいいですよ」と言うので車で行くことにした。昨夜はホンダさんにワインレストラン、今夜はユウさんに温泉と、お客さんにガイドされてしまった。でもこの温泉は景色が素晴らしかった。風呂から魚野川と信濃川の合流、しかも我らが見たのは素晴らしい夕陽であったからたまらん。川口温泉の営業は10時〜10時で、火曜休み、展望露天風呂は夕方が良いと、これもノートに書いておこう。川原に戻って、お酒は八海山と緑川、つまみに栃尾の油揚げ(網で炭火で焼きしょうゆをかけて食す)、具たくさんのトン汁。贅沢な川原での宴会になる。今夜こそ、舟漕がず頑張る。はずだったが、またまた宴会途中でテントに強制移動させられたみたいだ。

2007年6月24日(日)

 今日も良い天気。暑くてテントから飛び出る。川を見てビックリ。川幅が半分になっているのだ。水量がどんどん引いてるのだ。最近の魚野川は、雨が降ると急に水量が増え、天気が少し続くと一機に減る。いつからこんな忙しい川になったんだ。ここからのコースは、中越沖地震後初めてとなる。ユウさんと、先に車をゴール地点の小千谷へ置きに行き驚いた。新しい道、家などと所々に地震の爪あとが入り混じり、あらためて大変な地震だったんだなと実感しながら、そのとき浦佐の川原でキャンプしたいたことを思い出す。地割れで川原が危険だと思い、トラックを土手の上に移動しようとした時の3回目の揺れ、本当に怖かった。トラックが倒れるかと思ったのだ。そんなことを思い出した。

ゴールの旭橋の近くにユウさんの実家がある。ちょっと寄ってからスタートの宇賀地橋に戻ったので、待っていたホンダさんとはるみどんからの、ブーイング、朝飯前だし、たぶん怒ってると思い、ビールで黙らせ朝から宴会になる。そんなこんなでスタートが、11時であった。けっこう時間がかかりそうと思っていた越後川口やな場のエスケープが、左岸側ぎりぎりを通れたのでだいぶ時間が助かる。幾つか橋をくぐって信濃川と合流する。信濃川は、まっ茶で濁っていた。ここから川は信濃川になり川幅が広くなり水の濁った川となる。右岸で釣り人が、メジャー持って騒いでいた。今釣り上げた鯉を計っていたのだ。聞くと94センチだと興奮気味に釣り人が答えた。雲行きがだんだん怪しくなってきた。雨になりそうなので少し急ぐことにした。左岸にJRの発電所をすぎ新しい橋(山本山橋)をくぐると小千谷の町並みが見えて、古めかしい旭橋に到着。右岸に上陸。ゴールだ。俺にとって、鉈で切った手を、麻酔なしで縫ってくれた懐かしい小千谷病院もちゃんとあった。ここでツアー終了、旅の無事を祝った、おつかれさん。

そしてポツリポツリと雨が降ってきた。ホンダさんは左岸に車を止めてあるので、そこから帰り、はるみどんは、高速バスで帰った。俺は、ユウさんの実家にお邪魔して泊まることになった。酒を飲みながらユウさんのお母さんから地震のときの話を聞く。やがて疲れと酒が回ったのか、あたたかな布団の誘惑に吸い込まれるように俺の体は崩れた。


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