真夏の四万十川 カヌートリップ



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2006年7月14日(金)
朝から夏日だ。暑い。さすが南国だ。前日、四万十市駅前の民宿土佐(とても安かったから)に泊まった。終電車で、はるみどん(スタッフ)がやってきて二人で近くの店で軽〜く飲んだからか、朝の暑さにバテル。JAの店(フレッシュ後川)が開いたので買い物に出向く。はるみどんが、魚コーナーで「モロさん、クエを売っている。」「クエは高級魚よ!」「クエを食え!」と叫ぶ。野菜類が安かったので900円は、すごく高く思えた。名物の手長エビは冷凍しか無い・・・一瞬あわてたが、別の店で見つけ、すかさず購入、大切な食材だから、氷で周りを覆う特別な待遇でクーラーに放り込む。
買い物が終わって、我らは網代のいわき食堂に向かった。ごり丼が食べたかったからだ。
俺はごり丼600円。はるみどんは、「車の運転しないし生ビー」とビールと1,000円の夏限定の冷やし四万十うどん。隣の席のカップルは、昼から四万十うなぎ。(しかもビッグサイズ)皆、昼から豪華だ!食事が終わって江川崎駅下の川原(宮地キャンプ場)へ。俺は、いつものヤツ
さて戦闘開始だ!お客さん3名の夏の四万十川ラクーンツアーが始まる。暑さでか緊張度0%。タープ張っていたら「真人君そろそろ来るんじゃない?」とはるみどん。真人君は、3人の内のお客さんの一人だ。「いけね!時間だ。」と叫ぶ俺。真人君はすでに江川崎駅に到着していて、炎天下のなか30分も待たせてしまった。あとの二人は夜合流することになっている。
2キロほど上流の長生沈下橋から3人でツアーする。足を川の中に突っ込むと小魚がよってきた。足の毛をかじるのだ。暑かったので水の中は天国だった。しかもすこぶる清流だ。わずか2キロのコースでも、とても気持ちよかった。ショートツアーが終わって自転車(持ってきたチャリ)で車をとりに行く。「お猿みたい」と二人が笑った。俺の自転車乗りが、そんなにおかしいのか!ラクーンツアーで俺が自転車で車をとりに行くとき、いつも笑いがおきる。失礼な話だ!
風呂は近くの山村ヘルスセンターに行く。意外にもガラガラだった。(前回GWに来たときは、めっちゃ混みずいぶん待たされたんだが。)
風呂から帰って食事になった。テナガエビが良いビールのつまみになった。しかしクエを入れた鍋はさらに美味かった。満天の星空でうとうと良い気持ちだったのだが、起こされた。あと二人のお客さんが、江川崎まで来る電車に乗れなくて、ずーと手前の窪川まで迎えに行くことになったからだ。二人のお客さんである浅田親子(朝寝坊が得意な母と小学4年ながら賢い息子)は、駅員から「もう終電車も終わったんで駅を閉めたいんで出てほしいんですが。」と言われているところにやっと着いた。
ちょっとそこまでの距離(江川崎→窪川)ではなかった。車で1時間たっぷりとかかった。
今回のお客様全員そろって またビール飲んでテントに突入。今夜はこんなところ。

7月15日(土)
朝から暑くて起きる。川原にキャンプしていたのは、我々のほか、広島からソロでファルトで下る男性がいたが、テント撤収、朝飯、ファルト組立、出発と無駄なくキビキビと動いていた。我々はまず、浅田親子がいつまでも起きない。テントの中はサウナ状態だと思うんだが。真人君は、ボケーと川を見ていた。俺、ビール飲んでいた。朝ビーの会だから。
はるみどんだけが、タープの下で朝飯を作っていた。四万十海苔でのおにぎりだったのだけど、昨夜の残り物をぶち入れた味噌汁が良かった。クエは高かったけど買ってよかったと思った。(クエは昨夜に続き、良い味を出していたのだ。)
さてやっと出発だ。カヌーに荷物を積み込むのに3時間もかかってイライラする。
俺が15ft艇で荷物いっぱいのソロ、真人君とはるみどんのタンデム15ft、そして浅田親子は、16ftの艇にした。「うちの艇、荷が重過ぎる!うまく漕げないよ。」「艇が傾いてる。モロさん、これも積んでよ。」などと皆いろいろ主張していたのだが、聞こえないふりして俺、とっととスタートする。
スタートして初めての瀬でタンデム2艇が水舟になった。荷物を積んでなければたいした瀬ではないのだが、でも誰も怖がったり不満はなかった。炎天下での水だしがとても楽しいのだ。沈したらもっともっと楽しそうでもあった。昨日ごり丼を食べたいわき食堂の下にきた。わきから目黒川が流れこんでいる。我等は、ここでスイミングを楽しんだ。今夜のキャンプ場所、とりあえず口屋内と思っているんだが、ツアーのスピードが遅い。
「夏の四万十は素晴らしい。」と缶ビールを飲みパドリングを止めてしまう俺。「わー、水きれい。泳ぎたい。」て、すぐ飛び込む浅田親子。真人君は、はるみどんが後ろで漕いでいるのですぐ前の席でこっくり、パドルを止め寝てしまう。「おーい、真人起きろ。」と時々はるみどんの叫びが聞こえてくる。
芽生大橋をすぎて「俺、トイレいきてえ。」と真人君。川地図にしばらく下ると左岸に中半休憩所がありトイレがあるのでがまんしてもらう。しかし中半休憩所は、川からだと絶壁に阻まれて上陸ができないのだ。反対の右岸に上陸。真人君は、奥の草むらで自然処理。
「良かった。良かった。」とビールを飲む俺。ここで遅い昼飯にする。
メニューは、ニラメンコ。塩味のソーメンにごま油で炒めた大量のニラにとき卵が入っている鍋だが、暑い日には最高、食欲が進むのだ。またビールも進むのだが。クーラーボックスのビールの冷えもまだOKであった。しかしながらどこかで氷の補充をしなければ。
今回の川旅では、炎天下の最中、いかにキンキンに冷えたビールを飲めるのか。これが俺のテーマでもあった。
口屋内に近づくにつれカヌーな人が増えてきた。左岸でシマムタ共遊国の平塚さんが、忙しくスクールやっていた。挨拶でもと思った時、後ろから「口屋内には、薬局ないのかな?」とはるみどん。連日の猛暑で日焼け止めが少なくなったとのことだ。皆はるみどんの日焼け止めクリームを使うので激減。俺も連日の猛暑で氷の激減が心配であった。
数件の集落がある口屋内が今夜のキャンプ地に決まる。ならばとアッチャンに電話「あと一時間くらいで口屋内に着きます。着いたら顔出しますよ。」アッチャンとは、口屋内に住んでいる酒井厚志さん。口屋内で酒井カヌースクールをやっているのが肩書きであるが、俺にとっては、俺が初めて四万十にカヌーツーリングしたとき、シマムタ共遊国の平塚さん(当時は無職にちかかった人)と二人で「四万十のうなぎ美味いだろう」となまずを食わせた。陽気な詐欺師だ!もう20年以上も前のことだが。
口屋内の川原は、カヌーイストキャンパーで賑わっていた。キャンプ場所を少し下流の黒尊川との合流地にした。早速集落の探索。薬局も氷屋さんも無かったが、風呂をみつけた。
とっても変わったシステムである。この集落である家の鍵を借りる。そしてその鍵を持って2キロほど山の方をテクテクいくと一軒屋がありその家の鍵なのだ。家に入って、空缶に一人300円入れてノートに名前書いて、各自その家の風呂に水を入れ沸かして勝手にはいるシステム。でもかなり歩くのだ。夜飯は、常夜なべにする。常夜なべとは、ホウレン草と豚バラのこれでも料理なのと思う簡単ななべ。でも連夜食べても飽きないので常夜なべと名がついている。一段落してアッチャン宅に行くのを忘れている自分に気がついた。川原から5〜6分のとこであるが、なぜか機嫌が悪かった。「君かね、あと1時間で顔を出すと電話してきて3時間以上もワシを待たせた男は!」なんだそんなことか。
アッチャンの家には、酒井酒店とさび付いた看板があるんだが、ここで酒買ったことはない。いつもアッチャンがドンドン瓶ビールをだし。「ワシが継いだ酒は、全部飲めよ!」といつもこれである。今回もドンドンビールが出て来て帰れなくなる。はるみどんから携帯が入る「お客さんほっておいていつまで飲んでんの!」良かったこれで帰れる。
川原に戻って今夜も満天の星空だ。テントに入るのがもったいない。川原の石が大きくゴツゴツ、でもうまく寝そべりうとうと。「いつまでもそんなとこで寝てないでよ!」とはるみどん。やれやれとテントへ。四万十川旅2日目が終わる。
7月16日(日)
朝5時には起きていた。テント前に黒尊川の流れで小さな池が出来ていた。ここで釣りがしたかったのだ。まだ皆寝ていた。狙いは当った。ガンガン釣れたのだ。魚を入れるのがなくて開いてるなべを使う。あとからほるみどんになべが見つかり、怒る!怒る!
「このなべ、食事に使うなべじゃないの。なに考えてんのよ!」なにも考えてません。
朝めしは、パンを焚き火で焼いてバター付けたり、にんにくすりつけたりのシンプルな食事。早めに出発したかったからなんだが、皆黒尊川で遊んで口屋内を出たのが昼過ぎになる。ファルトの友人が、口屋内だけは、連泊したくなるよな、と話していたが、わかる。
ここは、遊ぶことが多すぎる。
口屋内大橋を過ぎて流れの中に木が出ていてはるみどんと真人君のタンデム艇が引っかかりそうになりヒヤッとしたが、ヒヤッとしたのは、ここだけだった。だんだんと流れがゆるくなり瀬がなくなってきた。しばらく行くと左岸に久保川休憩所が。上陸しやすくてトイレもあるんだが、タイミングが悪くパス。皆トイレは良いみたい。
久保川休憩所を過ぎてから流れがなくなる。下から大型の観光船が上がってきた。
今日も眠くなるようなのんびりした川旅。でも俺、クーラーボックスの氷が心配だった。
本来であれば、今夜のトン汁の肉を心配しなければならないのだが、連日の炎天下での川旅。ぬるいビールだけはかんべんなのだ。ビールはキンキンに冷えてなければならない。集落があるとすぐ上陸。でも氷屋さんはなし。川にたくさんカヤックが増えてきた。スクールだ。インストラクターみたいなのが俺に「皆初心者なので気をつけてください。」だと。なにを気をつけるんだい。俺もカヌー屋であるが、川で嫌いな奴に釣り師の次に嫌いなのが、えらそうにカヌー教えてる奴。もっと自分が教わったらと思う。カヌーの技術と口の利き方を。左岸にかわらっこというキャンプ場がありそれでカヤックが多いのだ。もしやと上陸。ピンポン。氷売っていた。かわらっこと反対の右岸に上陸してここで遅い昼飯。
キンキンのビールとスパゲッテイ。食後皆昼寝。こんなこと(食ったり寝たり飲んだり)しててか、川の神様が怒り出す。風が強くなってきたのだ。もちろん向かい風である。
漕いでも漕いでもなかなか進まなくなる。浅田親子艇が大きく遅れだす。息子が遊び疲れでウトウトカヌーで舟をこいでいる。漕いでいるのは、浅田ママだけ。メンバーを変える。
浅田艇に真人君が乗り、はるみどんがソロ。真人君もはるみ艇のときは、「なにしてんの!ちゃんと漕いでよ!」「ぼけっとしないで!」など言われんので生き返ったみたいにのびのびと漕ぎ出した。「ここはどこ!」と息子も起き、浅田艇が早くなる。新しい大きな橋(川登大橋)手前右岸にキャンプしたら気持ちよさそうな場所があったけど、すでに団体のカヤックチームがキャンプしていたので下流へ。向かい風は、さらに厳しく我らを責める。
3泊目のキャンプ地がなかなか決まらず。「どこまで行くの!」とソロ漕ぎのはるみどん。
エビ採りの漁師と話。「どこまで行くの」「この下の右がいいんじゃない。あと5キロ行けばもう中村だ!」中村の町まで5キロか。ずいぶん来てしまった。時計もあと少しで7時だ。そこで3泊目にした。土手の上にあずまやがありそこで川を眺めながらビールを飲んだ。今日は良く漕いだ。夜飯は、具たくさんのトン汁だ。もちろん肉も大丈夫であった。
今夜も満天の星空であった。食後俺はまた川原でごろり。「モロさん、だらしない。」とはるみどん。でも川原でごろりんは俺だけではなかった。真人君、浅田ママ、皆星空眺めながら川原でごろり。良く漕いだし、飲んだし、良いではないか!
昼は猛暑でも夜は気持ちが良かった。四万十カヌートリップ3日目が終わる。

7月17日(祭日)
 朝起きると真人君は起きていた。ボケーと川を眺めていた。俺は川に網で冷やしていたビールを飲んだ。川でも充分冷えているではないか。4日目の朝、最後まで寝ていたのはやはり浅田ママであった。テント内がサウナ状態になっても起きてこなかった。「ねえ、朝ごはんできたからお母さん起こしてきて」と息子にはるみどんが言う。やっと浅田ママが起きてきて遅い朝ごはん。白いご飯と昨夜のトン汁の残りで作った味噌汁。おかずは、四万十のりに四万十梅干、あとは残り物の野菜をサラダにした。
出発したのが9時になってから。でも中村の町(ゴール)まであと5キロ。余裕である。
出発してすぐ対岸に上陸。手前に古びた階段があり、上に上がると展望公園になっていた。
ここから我らが下った四万十川をボケット皆眺めていた。帰りたくないな!皆そんな顔であった。おもむろに一人また一人と階段を下り再度出発。しばらく漕ぐと赤い四万十川橋が見えてきた。あの橋がゴールである。橋の手前に珍しくも釣り師が川の中にいた。4日間でなんと川の中で釣り師見たのが始めてであった。二人いてそのうちの一人が「カヌーが通るんだから竿を上げて」と仲間に指示していた。関東近辺の川では考えられん!
11時ゴールである。川原にカヌーは置いておいて徒歩で中村の駅に向かう。川に向かって真人君が叫んでいる。「おい!四万十!また来るからな!」「絶対にまた来るからな!」そして駅の方に向かって歩き出す。まだ午前中なれど炎天下であった。駅に着いたら生ビールを飲もうと思っていたのだが、真人君、浅田親子は、帰る電車までかなり時間があるのでタクシーで近くの温泉に行く。我らは、はるみどんは駅周辺でのんびり食事、俺は13時6分のバスで江川崎にトラックをとりに行くことになっていたのだが、今日は祭日でバスが来ない。平日しかバスは運行していないのだ。電車で上がると1日かかる。俺は、四万十川が終わったら仁淀川に下見しようと思っていたのだ。撤収して今日中に仁淀に行きたかったのに。ゴールしてキンキンに冷えた生ビールどころではなくなった。すったもんだのバタバタで、何とかトラックを中村に持ってきて四万十川橋の川原に置いてあるカヌーと荷物を全部積んだらもう夕方になっていた。それから仁淀川に向かい生ビールが飲めたのが真っ暗になった仁淀のリバーサイドであった。

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